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病院を飛び出し、被災地で活躍する理学療法士。

リハビリ分野

森川 明さん
第一東和会病院 勤務
理学療法士
理学療法学科(現高度理学療法学科)2005年卒業

理学療法士のフィールドは、
病院や地域社会だけじゃない。
多様な場所で
力を発揮できる、期待にあふれる仕事です。

――病院勤務のかたわら災害医療でも活躍されています

災害が起きると、JRAT(一般社団法人日本災害リハビリテーション支援協会)のスタッフとしてチームを組み、被災地に入って支援活動を行っています。JRATは、医師、理学療法士をはじめ、作業療法士や言語聴覚士などリハビリテーションの関連団体からなる全国組織です。その前身組織で東日本大震災のときに初めて参加しました。
私自身、子どものころに阪神淡路大震災で被災した経験があります。再び惨事を前にして、これまでに得た専門性を活かしてなんとか役に立てないかと、無我夢中で飛び込みました。

――災害医療における理学療法士の役割を教えてください

平時でも患者さんの全体像をとらえるICF(国際生活機能分類)にもとづき、問題点を把握してリハビリ計画を立てますが、災害時にはICFの6分類の中でも「環境因子」の破壊が問題になります。住まいやインフラといった物的環境が破壊され、人的環境も変わると、普段の活動も社会参加もできなくなる。
動けない・動かない・することがない状態がつづき、体力が落ちて生活機能が低下し、やがて関節疾患や慢性疾患の悪化を招いてしまう。最悪の場合、災害関連死に至ることもあります。
そうした事態を防ぐため、生活環境全般をケアしていきます。平時は作業療法士が専門性を発揮する分野ですが、災害医療では理学療法士も一緒にチーム一丸となって支援しています。

――能登半島地震でも被災地入りされました

私のチームは2月上旬、金沢から車で4時間かけて輪島市に入りました。地震発生から1ヵ月以上経っても、個人のボランティアの方は見かけず、朝市の焼け跡も残ったまま。片付いていない状態で避難している方々の姿も目に焼きついています。
輪島市役所に設置された保健医療福祉調整本部には、DMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)など、各専門部隊が出入りしますが、我々JRATも本部の指示のもと、まずはリハビリテーショントリアージを行いました。
能登半島地震では物資のプッシュ型支援が注目されました。でも優先順位を定めて必要な人に必要なモノを届けないと、需要と供給のミスマッチや支援の偏りが生じます。災害時はこれをいかに管理・調整するかが重要です。そのために被災者の健康状態を区分けするトリアージを行いながらニーズを把握していきます。
具体的には、歩行・立ち上がり・排泄・食事の介助が必要か評価します。不自由な場合は直接的なケアや、手助けができる支援者に指導を行うなど、区分けするとともに、支援物資の分配順位を定めていきます。

――やりがいを感じるのは?

たとえば、転倒を繰り返していた高齢者の歩行が安定した、などと聞くと、やはり嬉しいですね。あとは病院でも作業療法士や言語聴覚士など職種の垣根を越えて自立支援を行いますが、災害医療ではより多様な専門部隊と働く面白さも感じています。能登半島地震では、要介護者も利用しやすい仮設風呂の設営で、初めて自衛隊と活動しました。
振り返れば、母校で様々な職種にふれ、ともに学んだ経験が生きています。大阪医専の一期生として、みんなで課題や試練を乗り越えていく空気に満ちていました。チーム一丸となって支援に取り組む、今の仕事につながっている気がします。

Profile

森川 明さん
第一東和会病院 勤務
理学療法士
理学療法学科(現高度理学療法学科)2005年卒業
家庭環境で幼少期から医療の道を志す。バレーボールに打ち込んだ経験からスポーツ医療にも携われる理学療法士を目指し、本学へ。卒業後は社会医療法人東和会に入職。大阪医科薬科大学大学院で災害時リハビリテーションを研究し学位を取得。脳卒中認定理学療法士、呼吸療法士の資格も持つ。